さらさらでいられたのは、身軽だったからだ
正しいことを言っているのに、なぜか人が動かない。
相手にやる気がないわけでも、こちらの考えが間違っているわけでもない。
ただ、動きやすさが違う。
こちらは次の一手をすぐ考えられる。
相手には、簡単には動かせない事情がある。
前回、そんなことを書いた。
「混ざらなかったのは、相性のせいではなく、動きやすさの差だったのではないか」と。
最後に、こう置いた。
「さらさらしていた自分のほうが、少し遅くなればよかったのかもしれない。」
思っていたより、その一行に人が反応した。
自分から相手に揃えるのは、優しさだ。 そう受け取ってくれた人もいた。
ありがたかった。
でも、少し簡単に書きすぎたと思った。
遅くなれば、混ざる。
そんなに、きれいな話ではなかった。
粘度の高いもの同士は、むしろ流れにくい。
近づいても、境目で触れるだけで、奥までは届かない。
同じ速さになったからといって、混ざる保証はない。
遅くなることと、重くなることも、同じではなかった。
以前の自分は、境目だけ相手に合わせればよいのだと思っていた。
本体は身軽なまま。 必要なところだけ少し遅くなり、少し重くなる。
そういう関わり方があると思っていた。
でも実際には、人はきれいな層には分かれていない。
軽いところと、重いところ。
動けるところと、動けないところ。
片方の手だけ、何かを持ったまま。 もう片方の手は、まだ自由に動く。
それらは、同じ人のなかに、同じ時間にある。
混ざることだけが、関わることではない。
中心を変えずに、外側で支える関わり方もある。
赤ちゃん用のおむつにも使われる不織布には、外側だけが低い温度でとける繊維がある。
内側は、繊維の形を保ったまま残る。 全部をとかしてしまえば、
繊維が持っていたふわふわした感触や、空気を含むやわらかさまで失われてしまう。
赤ちゃんの肌に触れるものだから、ただ強ければいいわけではない。
外側だけが少しとけて、ほかの繊維とくっつく。
そうすると、繊維の軽さややわらかさは残したまま、ばらばらにはならない。
赤ちゃんにとってのふわふわを残しながら、必要な強さだけをつくる。
その構造を、芯鞘型の繊維という。
芯まで変えなくても、鞘が働けば、全体はひとつのかたちになる。
この構造に似たことを、私自身がある場所でしていた。
はじめは、カウンターの内側に立って、来る人のペースに合わせて対応するだけだった。
しかし、それでは届かなかった。
一度その場をしばらく離れて、自分の得意なところだけを引き受けて、もう一度その場所に入り直した。
芯「その場がどこへ向かうのか」には、手を出さなかった。
そこは、その場所を始めた人たちのものだったから。
自分は、鞘でいいんだ、と思った。
芯を変えずに、外側だけを少し厚くする。
全体を重くする必要はない。 重さは、置く場所を選べる。
ただ、鞘だけを厚くするのは、思ったより難しかった。
一度、芯に近いところを、一緒に言葉にしようとした。
机を挟んで、何度も言葉を言い換えた。
それでも、うまくいかなかった。
言葉にしようとするほど、芯に触れてしまう。
鞘として支えるつもりでいたのに、そこに力をかけていた。
鞘が薄いところがあれば、外からの力は芯に直接届く。
守っているつもりで、芯を揺らしてしまうことがある。
また、芯はもともと一つではなかった。
そこには、始めた人たちそれぞれの、別々の芯があった。
自分がしていたのは、一つの芯を守ることではなく、
ばらばらにあった芯どうしを、少しずつつなぐことだったのかもしれない。
熱でくっつける不織布も、そうして全体を形作っている。
赤ちゃんのおむつの、あの柔らかさをつくっている。
一本の繊維が強くなるわけではない。
たくさんの繊維の鞘が、あちこちで少しずつとけて、隣の繊維とくっつく。
一本ずつは、そのまま。
それでも、面になる。
いまも、そこは揺れている。
くっつくことと、混ざることは、同じではない。
芯を変えずに、外側でつながっただけなら、 それは、混ざったことになるのだろうか。
ミクロで見れば、混ざっていない。
マクロで見れば、混ざっているように見える。
どちらから見るかで、答えが変わってしまう。
まだ、よくわからない。
ただ、もう、軽くは言えなくなった。
くっつくことと、混ざること。
その境目に、まだ立っている。

「くっつくことと、混ざることは、同じではない。」
ここで一度、読む手が止まりました。人間関係を不織布の芯鞘型繊維で見るという比喩が、とても精密でした。
相手に合わせることを、つい「自分も同じ粘度になること」だと考えてしまいますが、実際には、芯を変えずに鞘だけで支える関わり方もあるのですね。
ただ、それをやろうとして芯に触れてしまう、という箇所にいちばん現実味がありました。やさしさにも、力の入れすぎがありますね。
まだ境目に立っている、という終わり方もよかったです。きれいに混ざらないまま残る文章でした。
いつもありがとうございます。
ゆらゆら。曖昧に混ざる場所好きです。サラサラになりたいです。
ええと、一歩引いてる姿勢っぽくてをこが好きです。